「南海囚人塔」(横溝正史)

これこそ横溝ジュヴナイルの真骨頂です。

「南海囚人塔」(横溝正史)
(「横溝正史少年小説
  コレクション⑦南海囚人塔」)柏書房

速雄と勇二の乗った上海丸は、
二三百年前のものと思われる
漂流船と遭遇する。
夥しい白骨、一箱の財宝、
謎の古文書、そして奇妙な老人。
その夜、上海丸は
下級船員として乗り込んでいた
海賊たちの手に落ちる。
二少年の運命は…。

「横溝正史少年小説コレクション」中の
白眉といえる一作が、
この「南海囚人塔」です。
掲載誌の散逸のため、
幻の作品といわれていたのです。

【主要登場人物】
速雄・勇二
…上海丸船長の甥の二人。
 従兄弟どうし。
佐伯隆蔵
…上海丸船長。速雄・勇二の叔父。
澤田欣哉
…上海丸一等航海士。
山口剛三
…上海丸船医。
猿渡妙子
…地獄島に幽閉されている少女。
猿渡博士
…妙子の父親。言語学者。
仙波
…海賊団首領。下級船員として乗船。
白髪銅仮面
…謎の怪人。島の守り神らしい。

本作品の味わいどころ①
幽霊船と海賊

冒険は幽霊船との遭遇から始まります。
二三百年前のオランダ船、
夥しい白骨、一箱の財宝、
古文書とくれば、
もう横溝の冒険世界に
引きずり込まれたも同然です。
さらには海賊の反乱を受け、
船は座礁し、
二人は海に投げ出される。
絶体絶命のピンチから
すべてが始まるのです。
この少年少女の心を
わしづかみにするような大胆な設定。
これこそ
横溝ジュヴナイルの真骨頂です。

本作品の味わいどころ②
囚人塔と健康美少女

海賊によって奴隷にされた人間たちが
収監されている囚人塔。
この恐ろしい舞台を設定する一方で、
妙子という健康的な美少女を配置し、
そのコントラストを生かしています。
しかもその妙子が
後半大活躍を見せるのです。
主役として配置されている
速雄・勇二の二少年は
無謀な冒険の末に
脱出不可能の地下迷路に迷い込むという
大失態を演じるのですが、
妙子は船長と航海士の救出した上に、
機転を効かせて
海賊団を一網打尽にするという
離れ業まで演じます。
21世紀のジェンダーフリーを
先取りしたかのような、
いたいけな美少女による
男子顔負けの大活躍。
これこそ
横溝ジュヴナイルの真骨頂です。

本作品の味わいどころ③
隠し財宝と白髪銅仮面

最後は隠し財宝です。
これがなければ少年の冒険は
完結しません。
しかもまだまだ足りないと考えたのか、
白髪銅仮面という
怪人まで登場させる過剰なまでの配慮。
少年少女が求めるものを
すべておしげもなく提供する。
これこそ
横溝ジュヴナイルの真骨頂です。

「冒険小説」は
横溝の作品群においては異質です。
ジュヴナイルにおいても同様です。
そのため前回取り上げた
「南海の太陽児」や本作品「南海囚人塔」は
第7巻に、あたかも
「別巻」的に収録されたのです。

しかし横溝ジュヴナイルの基本は
「冒険」なのです。
後のジュヴナイル作品は、
こうした「冒険」の要素を
少年探偵に担わせたものと
考えるべきなのです。
御子柴少年の活躍が
えてして「推理」ではなく
「冒険」であるのは、
「冒険小説」としての
本作品の延長線上にあるからなのです。
横溝の長編推理ジュヴナイルの初作品が
昭和12年の「幽霊鉄仮面」なのですが、
それに6年先駆ける本作品を
「原点」と考えるべきなのです。

現代の物差しで測れば、
決して及第点をとるような
水準ではないことは確かです。
でも、少年少女向けの娯楽が
きわめて少なかった時代に、
本作品が果たした役割は決して
小さなものではなかったはずです。
本作品の90年ぶりの復活もまた
大きな意義があると、
読み終えて実感しています。

さて、この柏書房の
「横溝正史少年小説コレクション」、
最終巻は横溝正史の命日12月28日に
刊行されるなど、
まさに横溝正史追悼として
これ以上のものはないでしょう。
中でも本作品の復活は
最高に興奮しました。
巻末解説によると、
「本シリーズの編集中に、柏書房の
担当編集者である村松さんが、
神奈川近代文学館に三月号以外が
所蔵されているのを発見」、そして
「出版美術史研究家の三谷薫さんに
三月号のコピーを提供していただき」、
復刊が叶ったということです。
これぞ出版事業のあるべき姿。
これぞ最高の
横溝正史生誕120年記念事業です。
柏書房さん、
ありがとうございました。

(2022.1.21)

bere von awstburgによるPixabayからの画像

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